いまや中国ビジネスにも必須の知識となった中国近現代史。
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近現代史史跡 西北

陝西省

西安

兵諫亭

土地革命戦争

中国革命史上、重要な転換点となった西安事変の現場跡。1936年12月12日の早朝、 張学良の部隊が突如、蒋介石の宿舎を襲撃。逃げようとした蒋をこの場所で捉えた。 張学良は蒋介石を監禁して、共産党との連携と一致抗日を迫ったが、蒋介石はこれを拒否。 その後、延安から周恩来が説得におもむくとようやく妥協がなり、事件は一応平和裡に解決された。 この事件をきっかけに翌年、第2次国共合作が成立した。市の東北郊外、 楊貴妃と玄宗皇帝のラブロマンスで有名な華清池の裏山の中腹にある。 麓にある「五間亭」は当時蒋介石が宿泊した建物で、 その窓ガラスには今も弾痕が残っている。

張学良公館

土地革命戦争

西安事件当時、東北軍の将軍 張学良が、官邸として使っていた建物。1932年に建てられたもので、 3階建ての洋風建築。西楼の3階が張学良とその家族の居室で、中楼が応接室と会議室として使われた。 東楼は、事変直後、延安から調停にやってきた周恩来と葉剣英が宿舎にしたところ。なお事変のさい、 張学良、蒋介石、共産党の三者交渉は、中楼で行われた。西安事変紀念館が併設されている。 城内東南の建国路69号。

【関連史跡】城内北部、青年路にある「止園」は、張学良とともに事変の立役者となった 西北軍の楊虎城将軍の別荘跡。現在、楊虎城将軍に関する資料が展示されている。

楊虎城公館

土地革命戦争

西北軍を率いる楊虎城が使用していた官署。1933年の建築で主楼は円屋根、 青瓦、朱塗りの柱を持つ中国伝統の宮殿型建物。西安事変前夜、張学良と楊虎城は ここで密議をめぐらした。止園ともいう。北大街青年路にある。

八路軍西安弁事所紀念館

抗日戦争

西安における中国共産党の出先機関だった場所。1936年の西安事変によって 第2次国共合作が成立すると、翌年5月、中国共産党はここに「紅軍連絡所」を設置。 その後、紅軍が国民党第八路軍と改称されたため、「八路軍西安弁事所」と改称した。 延安入りを希望する人々へのビザ発給業務はここで行われ、抗日戦争期間中、 多くの青年たちがここを通って延安へ入った。また解放区の医療に献身した カナダ人医師ノーマン・ベチューンや共産党の活躍を報道した 何人かの外国人ジャーナリストもここを経由して延安へ潜入したといわれる。 内部はいくつかの部屋にわかれ、それぞれ当時の資料や写真、文物などが陳列されている。 一角に秘密の地下室があり、国民党の監視下にあった当時の緊迫した状況がうかがえる。 西安駅の近く、北新街の七賢坊にある。3路、4路、5路のバスで北新街下車。

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